会社概要 会社沿革 組織図 社長紹介

会社概要

会社名
株式会社イースタイル [E-STYLE Co., Ltd.]
設立年月日
2006年(平成18年)12月25日
事業内容
レンタルスタジオ事業
レンタルホール事業
全国宅配レンタル事業
コミュニケーションIT事業
従業員数
80名
(パート・アルバイト含む)
役員
代表取締役CEO 松浦光弘
社外取締役 佐藤一也
本社所在地
〒420-0857
静岡県静岡市葵区御幸町10-1 幸映ビル3階
JR東海道線「静岡駅」北口から徒歩2分
(地下道P出口すぐ)

会社沿革

2006年11月〜2007年10月
株式会社イースタイル設立
企業理念を制定
[音楽天国]商標登録第5065000号を取得
ホームページを公開
2007年11月〜2008年10月
音楽天国・静岡駿河店オープン
2008年11月〜2009年10月
税引前純利益率23.4%達成
スタジオ開業支援[フレンドシップ]事業を開発
店舗運営支援クラウドシステムを自社開発
静岡県経営革新事業承認[商経197号]の取得
2009年11月〜2010年10月
音楽天国・藤枝店オープン
スタジオ開業支援事業が静岡県(財)しずおか産業創造機構より
理事長表彰を受ける
2010年11月〜2011年10月
スタジオ出店のルール化を構築
5期連続増収増益を達成
2011年11月〜2012年10月
静岡駿河店をリニューアル
スタジオ開業支援事業の米子FS店オープン
全社売上前年比124%
店舗平均営業利益率41.55%達成
2012年11月〜2013年10月
[ダンス天国]商標登録第5545218号を取得
ビジョン2020をスタート
2013年11月〜2014年10月
音楽天国・浜松市野店オープン
2014年11月〜2015年10月
音楽天国・静岡草薙店オープン
[レンタル天国]商標登録第5787722号を取得
ライブホール[SOUND SHOWER ark 清水]を
株式会社ドリームプラザ様より事業承継
2015年11月〜2016年10月
楽器と機材の全国宅配レンタル[レンタル天国]事業開始
2016年11月〜2017年10月
音楽天国・浜松市野店増床リニューアル
売上/前年比111.9%
税引前純利益/前年比131.9%
税引前純利益率/12.7%達成
2017年11月〜2018年10月
音楽天国・名古屋ささしまライブ店オープン
[LIVE ROXY SHIZUOKA]を
JR東海静岡開発株式会社様と共同開発オープン
しずおかスタイル様と吸収合併し
コミュニケーションIT事業部を新設
2018年11月〜2019年10月
本社を静岡市葵区に移転
音楽天国・静岡駅前店オープン

組織図

社長紹介

代表取締役CEO 松浦光弘

[家族]
愛妻、愛娘1人、愛息子2人
[趣味]
読書、バンド
[座右の書]
稲盛和夫著書、中村天風著書
イハレアカラ・ヒューレン著書
ルドルフ・シュタイナー著書

1964年
6月1日、静岡県三島市本町で生まれる
(東京オリンピック開催年)
1972年
静岡県富士市へ引越す
1976年
Queen「オペラ座の夜」がきっかけで
音楽とドラムに熱中
1978年
バンド結成、初ライブ
1982年
東海大学工業高校卒業
1983年
東京へ上京
1986年
バンド活動を静岡県内へ移す
1990年
夢を半ば諦め
広告代理店に就職する
1998年
バンド[ZZ]を結成
2001年
音楽事務所
ユークリッドエージェンシーと契約
2003年
エイベックスより
メジャーデビュー(39歳)
2006年
株式会社イースタイル起業
2007年
音楽天国1号店オープン

生い立ちの記

 小学六年の時、兄の持っていたLPレコード「Queen/オペラ座の夜」を聴いた時、そのすべてが始まりました。初めて耳にした洋楽のLPレコード、それは幼少の私にとっては大事件(カルチャーショック)でした。その場に居合わせた親友は、兄のモーリスSGギターを片手に弾きマネ(今でいうエアーギター)を
私は近所の楽器屋さん(旧すみや富士本町店)で一番安かった楽器(?)だったドラムスティックを買い、家のソファーをドラムセットのかわりにして“バンドごっこ”がこの日から始まりました。日曜日となればこの“バンドごっこ”に明け暮れ、私の生活の中に音楽が自然に入り込んできました。この頃、夢は“いつかスタジオで演奏してみたい”でした。
中学生になり、念願の“スタジオデビュー”を果たし、バンドも結成しました。楽器屋さんのご好意で、地元の市民センターのコンサートに最年少バンドとして出演することもできました。中学生(当時はもちろん丸坊主頭)で大ホールのステージでライブを経験するなんて、大変ありがたいことです。そして、このライブなどを通して多くの仲間や先輩と出会うこともでき、私の学生時代は言うまでもなく“音楽三昧”の毎日でした。お陰で学業は振るわず、母の頭痛のタネだったことは言うまでもありません。思えば中学生の私が、こうした経験ができたのも私を取り巻く環境があったからだと痛感いたします。
この素晴らしい環境は、私に“夢”と“可能性”の明かりを照らしてくれたのです。進路を決める年頃になり、音楽か?就職か?を迫られる「審判の日」がやってきました。しかし、私の育った町は工業が盛んで、製造業に興味がない私にとってワクワクするような就職先がないばかりか、学業成績が低迷していた私に、もちろん選択肢などもありません。進路に悲観的になっていた私は、この町に夢も抱けず 可能性は見当たりませんでした。もはや私にとって「審判の日」は、音楽か?就職か?ではなく、夢か?夢を諦めるか?の選択でした。
私は、迷うことなく“夢”を選 びました。“夢“いつかそれは実現できる。その“可能性”は環境にある。環境は人を変え、人は環境を変え、“可能性”の機会を与える。“夢“と“可能性”に満ちた環境を創ろう!混沌とした世界に、天国のような素晴らしい環境を創ろう!そう、少年時代に私がその恩恵を受けたように。私が今、やるべきことはこれしかない!42歳、私は迷うことなく、また“夢”を選びました。そして、今度は私が “夢”と “可能性”の光を広(弘)く照らします。
起業に際し、ご尽力頂いた株式会社イータスの佐藤一也社長、役員並びに社員の皆様と家族に御礼を申し上げます。

OWAU NO KA “I”